旨さは、伝承された技法と科学の結晶。

昔ながらの造りを、科学がささえる“仕込み”。

長い歴史を重ねる海外のワイナリーが舌を巻くほど、日本酒の醸造は、複雑で繊細です。

酒造り工程の大切さを説いた言葉に、「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」というものがあります。これは、酒造りでもっとも大切なのが“麹造り”、次が“酒母造り(酛/もと)”、そして“醪(もろみ)造り”ということを言い表したものです。

まずは麹づくり。蒸米に、日本酒づくりに適した黄麹菌(きこうじきん)を付着させると、菌が増殖しながら米の中心に向かって菌糸を張っていきます。繁殖する過程の中で、さまざまな酵素を生成し、その酵素の働きで澱粉をブドウ糖に糖化させるのです。

そして次の工程が、酒母づくり。“酒の母”の文字どおり、酒母とは酵母を大量に培養する工程で、生酛造りでは酵母を大量に培養する前に乳酸菌による乳酸発酵の工程が加わります。酵母の種類によって、味や香りはもちろん、お酒の質にも大きく影響。とくに香りは酵母による影響が大きく、“香りは酵母から”といわれるほどです。

最後がアルコール醗酵のメインステージの「醪(もろみ)」ですが、日本酒造りの特徴ともいえる「段仕込み(三段階に分けた仕込み)」が行われます。段階に分けて、酒母に麹、蒸米、宮水を加える仕込みの工程です。初日は「初添え」。休みを一日はさんで酵母をゆっくりと増やし、三日目は「仲添え」。そして四日目となる最終日の「留添え」で仕込みは完了。段仕込みは、乳酸によって雑菌の繁殖を抑えながら酵母を増殖させ、醪(もろみ)の適切な温度管理を行う独得の方法といえます。

糖化を促す麹菌、アルコールに分解する酵母、雑菌を寄せ付けない乳酸菌…微生物が日本酒を美味しく醸しています。

醸造酒の醗酵工程は、太古から変わらない。

仕込み終わった醪(もろみ)は、14~20日間かけて熟成。その間、15℃前後に保たれた醪(もろみ)は、表面の泡の状態をさまざまに変化させながら、旨さを蓄え、美味しいお酒になる日を待ちます。熟成された醪(もろみ)のアルコールは19%近くにもなり、じっくりと醗酵する過程で、さまざまな旨味成分や香りが生まれ、より深い味わいを醸し出します。醸造酒としては世界一高いアルコール濃度に到達します。

そして…圧搾機で搾られた新酒は、濾過(ろか)されたのち、「火入れ(約60〜65℃に加熱)」されます。この“火入れ”は日本酒にとって、とても大切な工程。お酒の中でまだ生きている酵母を殺し、酵素の活動を止めることで、お酒の劣化を抑えるとともに、酒質を安定させます。

通常、火入れが行われるのは、濾過後と瓶詰め直前の二回。火入れせずに出荷されるお酒が「生酒」で、できたてのフレッシュな味わいが楽しめる反面、とてもデリケートなので、開封後は早めに飲み切ることが大切です。

 

古代日本では、神事の際に「口噛み酒」というものが造られていました。巫女が米を口に入れて噛み、壷に吐き出して貯蔵。唾液に含まれている酵素の働きで澱粉が糖化し、野生の酵母によりアルコールが生成された、れっきとした醸造酒。これと同じことが、南米やアフリカなど、世界各地の先住民族の間で行われていました。

科学などの概念がない太古の昔に、醸造酒を造るメカニズムと同じ技法が使われていたことは、一種のロマンを感じずにはいられません。

暦上の立秋は、まだまだ猛暑真っただ中。

立秋を境に、暑中から残暑に。

2018年の立秋は、8月7日。

暦の上では秋となりますが、
猛暑はまだまだ
納まりそうにありません。

とくに今年は、西日本を中心とした
暴風雨による水の被害や
日本各地での記録的な猛暑が
続いていることから、気象庁より
“異常気象の年”であると
発表されました。

日中の暑いさなかのお出掛けは
控え目に、十分な水分補給を
お心掛けください。

「立秋」は二十四節気
(にじゅうしせっき)の十三番目で、
夏至(十番目)と秋分(十六番目)の
ちょうど真ん中にあたります。

期間を表す場合、立秋は、次の節気の
「処暑(しょしょ)」の前日の
8月23日までとなり、
“夏が極まって、
秋の気配が立ち始める頃”
とされています。

二十四節気は元々、古代中国で
季節を細かく区分するために
使われたものです。

季節感のずれを感じるのは、
古代中国の内陸気候と、
時代的な気温変動等によるものです。

日本気象協会が2011年に
いまの日本の気候に合わせた
新しい二十四節気をつくる準備委員会
を設けましたが、反対の声が多く、
中止となるほど言葉そのものへの愛着
が浸透しているようです。

各節気をさらに約5日ずつ
3つに分けた七十二候
(しちじゅうにこう)
という区分もあり、
こちらは日本の季節に準じた
意味に解釈されています。

・  初候 / 涼風至る
(りょうふういたる)
…涼しい風立ち始める

・ 次候 / 寒蝉鳴く
(ひぐらしなく)
…ひぐらし鳴き始める

・ 末候 / 蒙霧升降す
(のうむしょうこうす)
…深い霧が立ち込める

なんとも文学的な表現で、
ほかの七十二候も併せ読んでみると、
それぞれの季節を豊かに
感じることができるので、
ぜひ一読ください。

夏の挨拶の定番とされている
「暑中見舞い」も、
この日を境に「残暑見舞い」
となります。

 

酒蔵の熱い闘いは、約2ヶ月先。

毎年、立秋の頃の話題いえば、
夏の甲子園。

高校球児達が額に汗して、
白熱した熱い闘いに感動もひとしお。

記念すべき100回大会となる今年は、
順当に勝ち上がってきた強豪校が
ひしめいており、新調された三代目の
深紅の大優勝旗をめざした熱戦が
早くも繰り広げられています。

 

 

ちなみに、この甲子園球場に、
ほど近い西宮浜一帯に
湧き出ているのが、
灘五郷の酒造りに欠かせない名水
「宮水」です。

江戸時代後期から、
『良質な味わいの酒』と
名を馳せた“灘酒”は、
この宮水があってこその賜物。

最初は“西宮の水”と呼ばれていた
ものが、いつの日か略され
宮水と呼ばれるようになりました。

この暑い時期、
酒蔵は秋の仕込みに向けて、
すみずみまでキレイに清掃され、
一年の感謝を込めて
磨き上げられます。

酒蔵の熱い闘いがはじまるのは、
あと2ヶ月ほど先のこと。

約ひと月後には、
今年の「ひやおろし」の販売が
予定されています。

今年の“ひやおろし”も
格別のでき栄えです。

ご期待ください。

 

それから…8月8・9・10日は、
「白桃の日」。

“8(は)” “9(く)” “10(とう)” の
語呂合わせにより制定されました。

白桃の食べ頃は7月から9月で、
ちょうどこの時期が美味しい盛り。

ちなみに日本の桃の原産は、
岡山の白桃とされています。

ここで、
桃を使った日本酒カクテルを
ひとつご紹介します。

氷を入れたグラスに、
菊正宗 生貯蔵酒 を「6」、
市販のピーチネクター を「4」
の割合で注ぎます。

桃の果肉を一片添えれば、
清涼感あふれる
甘いカクテルのできあがり。

一度お試しください。

 

朝の涼しい時間帯に墓参りに出掛け、
高校球児達の活躍を
涼しい部屋でテレビ観戦。

もちろん、傍らには
至極の冷酒や桃の日本酒カクテルを
お忘れなく。

お酒の体系は、ひとつの流れに。

 

酒類の根っこは、醸造酒にあり。

酒類は、その製造方法によって

大きく「醸造酒」「蒸留酒」の2つに分類され、

そこに手を加えた「混成酒」が位置づけられます。

 

  • 醸造酒…穀物や果実を酵母によってアルコール醗酵させて造った酒

日本酒、ビール、ワイン、紹興酒など

  • 蒸留酒…原料を醗酵させた醸造酒を、さらに蒸留して造った酒

ウイスキー、ブランデー、焼酎、ウォッカなど

  • 混成酒…醸造酒や蒸留酒に、果実や香料、糖質を加えた再製酒

梅酒、リキュール、シェリー酒など

 

おおまかによく例えられるのが、
ホップを加えていないビールを
蒸留したものがウイスキー、
ワインを蒸留したものがブランデー、
日本酒を蒸留したものが米焼酎です。

これは、あくまで原材料ベースの理論上のお話で、それぞれの酒類製造には、ぎゅっと濃縮された研究成果が詰め込まれて個性あるお酒が造られています。

「蒸留酒」は、水とアルコールの沸点の違いを利用して、純度の高いアルコール成分を抽出したお酒です。
まず、醸造後に加熱して、水よりも沸点の低い(約78℃)アルコール成分のみを蒸発させます。
この蒸気を集めて冷やし、アルコールを多く含んだお酒を抽出するのが蒸留工程です。
そのため、一般的に醸造酒よりアルコール分の高いお酒が多いとされ、有名な蒸留酒の中にはアルコール分95%以上というものもあります。
アルコール分を高めるため、蒸留工程を70回以上繰り返しているとのこと。
高いアルコール分を造り出すための、蒸留工程の多さに圧倒されるばかり。

 

まず、醸造酒が造られてから、

蒸留酒になり、

また混成酒もそこから生まれると考えると、

酒類の源流は醸造酒にあるようです。

 

世界中に類を見ない複雑な製造工程、それが日本酒。

ひとくちに「醸造酒」といっても、
醗酵工程がそれぞれ異なります。

ワインは「単醗酵」、
ビールは「単行複醗酵」、
日本酒は「並行複醗酵」
の製造工程を行っているのが
大きく違うポイントです。

ワインの原料となるブドウには
単糖類が含まれているので、
糖化工程が不要。
そのまま酵母を加えて醗酵させ、
ワインを醸造します。
ビールは澱粉を糖に分解する糖化と、その糖を酵母により発酵させる工程を別々に進行させます。

そして日本酒。
原料となる米には糖分が含まれていないため、麹の酵素を利用して、米の澱粉をブドウ糖に“糖化”させるのと同時に、酵母の働きによりブドウ糖をアルコールに変化させる“醗酵”を同じタンク内で並行して行っています。
そのため、日本酒の製造工程は、世界中に類を見ないほど、複雑で高度な技術を要するといわれるほど。

フランスやイタリアのワイナリーから、その複雑な日本酒の醸造を学びに来日し、技術水準の高さに惚れ込んで、杜氏になった外国の方もいるとのこと。

“技術者”の揺るぎない探究心は国境を越え、本質に迫る…
そこに新しい伝統が生まれる足音が聞こえてきます。

ためになる“くだらない”お話。

上方から江戸に送られた“下り酒”が語源という説。

普段、私たちは、
“とるに足らない”とか
“ばかばかしい”
という感情を表す際に、
“くだらない”という
単語を使います。

しかし、その語源となると、
あまりご存じないのでは
ないでしょうか。

“通じる”という意味を持つ
「下る」という動詞に、
打ち消しの助動詞
「ぬ」や「ない」がついて、
「意味がない」「筋が通らない」
などの意味となり、
それが転じて
“とるに足らない”場合に
使われるようになった
という説があります。

ただ、これではあまりに
夢がありません。

これとは別に、
有力な説とされているのが、
お酒にまつわる由来です。

江戸時代のこと。

大坂や京都などの
“上方”と“江戸”との間で、
特産品などが行き来していました。

当時、上方から江戸に
送られてくるものを
「下りもの(くだりもの)」と呼び、
逆に江戸から上方に送られるものは
「登せもの(のぼせもの)」
と呼んでいました。

これは朝廷のある京都が
千年の都であるのに対して、
幕府がある江戸は
まだまだ発展途上の新興の地方都市
とされていたため、
上方方面に向かうことを“上る”、
江戸方面に向かうことを“下る”
としたことに由来します。

とはいえ、江戸は人が多い一大消費地。

上方の洗練された品々はその品質で、
江戸の庶民を魅了し、
その需要に応えるかのように、
上方から数多くの品々が
江戸に送られました。

なかでも、灘を筆頭に
伊丹や伏見の清酒は
「下り酒」と呼ばれ、
たいそう重宝されたといいます。

江戸側の
“江戸のお酒は、下り酒に対して、
くだらない”
という自重気味の皮肉、
または上方側の
“下り酒の名を落とすような、
くだらないものは送れない”
という心意気から派生したのが
“とるに足らない物の代名詞”となる
「くだらない」という言葉
といわれています。

 

 

樽廻船の停泊港が近い、灘に地の利あり。

江戸の人々のもとに
「下り酒」を運ぶためには、
安定した輸送手段が必要です。

いまでこそ網の目のように
輸送網が張り巡らされていますが、
昔は東海道を往来する陸路が中心。

馬の背に荷物をくくりつけ、
江戸に向けて運んでいました。

これでは輸送量も少なく、
何より時間がかかります。

やがて、
海路を使った輸送がスタート。

堺商人が紀州の廻船を雇い入れ、
江戸へ回航させたのが
「菱垣廻船(ひがきかいせん)」
です。

ときは1620年(元和)頃、
徳川秀忠・家光の時代。

酒や木綿、油、醤油、砂糖など
さまざまな生活物資を大量に運ぶ
海の大動脈となりました。

ところが、
この輸送方法が定着するとともに、
海難事故や荷物の抜き取りなどの
不正も横行。

それを阻むために、
1694年(元禄7年)に
塗物店組・釘店組・内店組・通町組・
綿店組・表店組・川岸組・紙店組・
薬種店組・酒店組の10組からなる
「江戸十組問屋」を結成。

大坂でも同じような組織が結成され、
事業は問屋によって
掌握されることになります。

1730年(享保15年)には
酒問屋が独立して、
清酒だけを運ぶ
「樽廻船(たるかいせん)」が登場。

菱垣廻船は
さまざまな積み荷を混載するため、
早く輸送したい酒荷のみの専用海路
を設けた方が効率的などの理由
による樽廻船のスタートです。

時代によって
多少の変動はあるものの、
下り酒の7〜9割は、
伊丹や灘の周辺地域で産した
「摂泉十二郷(せっせんじゅうにごう)」
と呼ばれるお酒で、
その歴史の流れは
灘五郷にたどり着きます。

水戸光圀公が
“助さんも、格さんも、
一杯お飲りなさい。あっあっあっ”
と差し出すお酒、
暴れん坊将軍で有名な
八代将軍・徳川吉宗が
貧乏旗本の徳田新之助として、
北町奉行・遠山金四郎が
遊び人の金さんとして、
街道沿いの酒場で酌み交わす酒など、
どれもこれも「下り酒」、
とりわけ灘の酒なのかもしれません。

時代に寄り添った
“くだらない”お話は、
大きく想像をかき立ててくれます。

土用の“う”。

 

「土用の丑の日」には、“う”のつく食べ物を。

土用といえば、“丑の日”“うなぎ”と即答されるほど、「土用の丑の日」は、私たちの暮らしにとけ込んでいます。
毎年この時期になると、うなぎを取り扱っているお店の店頭にうなぎが並び、テレビのニュースや新聞などで、夏の到来を告げる風物詩として必ず取り上げられます。

昔の風習のひとつに、「丑の日に“う”のつく食べ物を食べると夏バテしない」という言い伝えがありました。
現在も“食が細くなりがちな夏場の栄養補給”を諭す暮らしの知恵として、この言い伝えは根強く残っています。
その代表格の“うなぎ”はもちろんのこと、“うどん”“瓜”“梅干し”などはサッパリとして胃にやさしく食欲を増進させる食べ物として好まれています。昔はほとんど口にすることがなかった“馬肉(うま)”“牛肉(うし)”も、夏バテした身体にスタミナを補うためにオススメの食材。“う”はつきませんが、昔から「土用しじみ」も腹の薬として重宝されていました。

さて、この時期の食材の独壇場といえるうなぎですが、“土用の丑の日に、うなぎを食べる”ことを広めたのが、江戸時代の蘭学者、平賀源内であるというのは有名なお話。
“夏に売り上げが落ちる”と、うなぎ屋から相談を受けた平賀源内の助言により、

「本日丑の日」
土用の丑の日 うなぎの日
食すれば夏負けすることなし

という看板を店先に立てたところ、お店は大繁盛。ほかのうなぎ屋もその真似をするようになり、次第に江戸庶民の間に“土用の丑の日に、うなぎを食べる”という習慣が根付いていきました。いまでいう広告宣伝のはしりとされています。

実際、うなぎにはビタミンAやビタミンB群、ビタミンDなど、疲労回復や食欲増進に効果的な成分が多く含まれ、夏バテ防止にはピッタリの理に適った食材。
ちなみにうなぎの旬は、冬眠間近で養分をたっぷり蓄えた晩秋から初冬にかけて。
栄養価で夏、食通としては冬がオススメ。

 

 

土用は年4回。2018年の「土用の丑の日」は年7回。

「土用」とは、古代中国の五行思想で説かれている“万物は木、火、土、金、水の五種類の元素からなるという自然哲学の考え方”に基づいて定められたものです。
「春=木」「夏=火」「秋=金」「冬=水」が割り当てられ、あまった「土」は、季節の変わり目となる直前の約18日間が割り当てられます。
これを「土用」といい、年に4回の土用があります。
一般的にいわれる「土用の丑の日」は、夏の「土用の丑の日」を指しています。

【2018年の節目の日と土用】
・立春( 2/7)… 1/17〜2/3
(冬の土用…丑の日は1/21・2/2の2回
・立夏( 5/5)… 4/17〜5/4
(春の土用…丑の日は4/27の1回)
・立秋( 8/7)… 7/20〜8/6
(夏の土用…丑の日は7/20・8/1の2回)
・立冬(11/7)… 10/20〜11/6
(秋の土用…丑の日は10/24・11/5の2回)

※立春や立夏などの節目の日は、
年によって異なります。

「丑の日」は十二支の「丑」です。
一年ごとに、干支の十二支が決まっていますが、日にちにも「子・丑・寅・卯…」の順に十二支が当てはめられ、12日間で一周し最初に戻ります。

私たちが、“うなぎを食べる日”と認識している、夏の「土用の丑の日」は、7月20日(金)、8月1日(水)の2度あります。
それぞれ「一の丑」「二の丑」と呼びます。

暑い夏の日、暑気払いのうなぎを肴に、冷酒を一杯。なかなかオツな至福のひととき。