世界で高評価の日本のフルーツ市場に、新たなトレンドが仲間入り。

日本のフルーツが絶賛される大きな要因は、手間暇をかけた丁寧な栽培方法。

訪日外国人観光客にとって、
日本のフルーツは人気の高い
楽しみのひとつです。

来日前に調べた人気のカフェや
スイーツ専門店に足を運び、
そこで一緒に口にするフルーツの
新鮮さや美味しさに感動を覚えます。

SNS上では、
“アート作品のような上品なスイーツに
欠かせない絶品フルーツ”
といった高評価のコメントが
数多く投稿されています。
また、日本のスーパーに並ぶ、
美しく丁寧に包装されたフルーツも、
観光客にとっては新鮮な驚きです。

秋には、
ブドウ、梨、栗、柿、みかんなど
季節のフルーツが店頭を彩り、
彼らを魅了します。

日本のフルーツの魅力は、
各地の気候風土に合わせた
丁寧な栽培方法にあります。

もともとは各地に自生していた
フルーツを露地栽培していましたが、
より糖度を高めるための品種改良や、
土壌や収穫時期の調整など、
品質向上のためにさまざまな
管理が行われています。

また、ハウス栽培で温度や湿度など、
さらに細かく管理するフルーツも
少なくありません。

こうした努力によって、
さまざまな種類のブランド品種が
特産品などになることも多く、
全般的に価格はやや高めです。

たとえば、そろそろ旬の終わりを迎える
シャインマスカットは、
他のブドウよりもやや高価ですが、
手間暇のかけ方が
他の品種とは異なります。

一房ずつ袋をかけて
太陽光や雨から守ることで粒が揃って
見た目も美しくなり、
ブランド価値を損なわないように
丁寧な手作業で育て
品質を安定させます。

生産農家は糖度計を用いて収穫の
適期を見極め、甘さと風味がもっとも
引き立つタイミングで出荷します。

完熟状態で収穫され、
すぐに市場に出回るため、
最高の状態で消費者に届くことになるから
美味しさも別格です。

近隣国にシャインマスカットの
種苗が流出したことがありましたが、
育てる気候や土壌が異なり、
日本のように丁寧に育てていないため、
品種のポテンシャルを
最大限に引き出せず、
一過性のブームで終わったようです。

そんなフルーツ大国の日本に、
新たなトレンドが登場しました。
種がなく皮ごと食べられる
一口サイズのミニフルーツです。

とくに秋が旬のサルナシや
ベビーパーシモンが話題です。

サルナシは
“ベビーキウイ”とも呼ばれ、
梅干しほどの大きさです。

キウイをそのまま小さくしたような
見た目とキウイによく似た味わいが
特徴で、ヘタ部分を切り落とせば
そのまま食べられます。

一方、ベビーパーシモンは、
直径3cmほどのミニチュアサイズの柿で、
味は甘い柿そのもの。

この他、ミニバナナや
ベビーオレンジ(カラマンダリン)、
プチグレープフルーツ、
フルーツホオズキなど、
手のひらサイズの小ぶりなフルーツが
続々と市場に出回り始めました。

ミニサイズのフルーツの魅力は、
カプセルトイのような
可愛らしい見た目に加え、
全体的に栄養価が高く、
凝縮された甘みや食感が特徴です。

まだ出始めたばかりなので、
なかなかお目にかかる機会は
少ないようですが、今後、
市場が拡大するフルーツ分野として、
大きな期待が寄せられています。

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10月16日は「世界食糧デー」。世界視野で食糧の課題を考える日です。

世界の飢餓問題は深刻。新しい技術革新が未来の食を担う鍵となります。

毎年10月16日は「世界食糧デー」です。

1945年10月16日に
国際連合食糧農業機関(FAO)が
設立された日を記念して、
1981年に制定されました。

この日は、世界的な食糧問題についての
意識を高め、飢餓や栄養不足に
対する取り組みを促進することを
目的としています。

日本は、江戸時代や第二次世界大戦中
そして戦後に深刻な
食糧難を経験しました。

戦時中は農業生産の減少や
インフラの破壊、
輸入食料の途絶が原因で、
多くの都市部で栄養不足が
深刻化しました。

1948年以降、徐々に農業生産が回復し、
政府の土地改革や農地の
再分配によって農民の
生産意欲が高まりました。

1950年代に入ると戦争の傷も癒え、
日本経済が急速に復興、
産業が発展し始めます。

大きな転機となったのは、
1955年頃に米の生産量が
安定したことです。

これをきっかけに食糧難が
大幅に改善されました。

それから70年が経ち、
飢餓から脱却した日本が
今直面しているのは、食料の過剰生産と
フードロス問題です。

この課題を解決することは、
世界の食糧不安を軽減する
一助となるでしょう。

世界でもトップクラスの
食の安全性を誇る日本では、
消費期限や賞味期限が
早めに設定されています。

その結果、毎年約600万トンもの食品が
廃棄されているとの報告もあります。

日本で毎年600万トンもの食品が
廃棄されている一方で、
飢餓に苦しむ国々が多く存在します。

農家の安定収入を確保するため、
収穫過剰な農産物が
廃棄されることもありますが、
私たちはフードロスを減らし、
必要な場所に食料を届ける方法を
模索する必要があります。

一方、世界の飢餓問題は深刻です。

とくにアフリカやアジアの
一部地域では、干ばつや洪水などの
極端な気象条件が農業生産に
大きな影響を与える気候変動が
大きな問題といえます。

このほか、内戦や紛争、
貧困などによって引き起こされる
飢餓の現実は想像を絶します。

国連世界食糧計画(WFP)などが
緊急食糧支援を行うだけでなく、
長期的な農業改革が必要です。

たとえば、
“コンポスト
(土壌改良のための有機肥料)”を
使って土壌を改良したり、
干ばつに強い作物を育てることは
将来的な農業の持続可能性を
高める重要な技術です。

また、森林保護と農業を融合させる
“アグロフォレストリー
(森林農業)”という考え方も
注目されています。

森林を守りながら持続可能な農業を
めざす新たなアプローチです。

さらに、シンプルで安価な
灌漑システムの導入や
雨水の有効活用により、
水不足地域での作物栽培を
可能にする技術も発展しています。

このほか、農産物の流通改善や
フェアトレードによる生産者の
生活を安定する取り組み、
モバイルやドローン技術を活用した
遠隔による農業専門家の
最新情報による指導など、
これまで諦めかけていた
飢餓に苦しむ地域での
農業も科学的な視点で
取り組めるようになりました。

世界的な飢餓を解決するための道筋は
今、確かに見え始めています。

私たち一人ひとりが、
食料の無駄を減らし、
必要な場所に届けるという
意識を持つことが、
未来の飢餓問題を解決する一歩です。

私たちの日々の行動が
未来を変える鍵といえます。

10月10日は「銭湯の日」。秋の気配を感じたら、お風呂屋さんに行こう。

昔から、銭湯はコミュニケーションの場。“銭湯で整える”が新しいトレンドです。

10月10日は「銭湯の日」です。

1991年(平成3年)、
全国浴場組合連合会が
銭湯文化の普及をめざし、
銭湯を
より多くの人に親しんでもらおうと
制定しました。

この日が「銭湯の日」となったのは、
“1010(せんとう)”
という語呂合わせからです。

また、1964年(昭和39年)の
東京オリンピックの開会式が行われた
10月10日が「体育の日」と
定められたことにも由来しています。

このオリンピックをきっかけに、
日本ではスポーツが奨励され、
スポーツで汗を流した後に
銭湯でさっぱりと
リフレッシュするという意味が
込められた日でもあります。

日本の入浴文化のルーツは、
奈良時代の仏教伝来にまで遡ります。

仏教寺院の湯屋(ゆや)は、
心身ともに清めるための場として
使われていました。

現在の銭湯に近い公衆浴場が
庶民に広まったのは江戸時代です。

江戸の急激な人口増加と、
火災リスクを回避するために、
密集する木造家屋では
個人の風呂を持つことが
難しかったため、
公衆浴場が誕生しました。

ここは、
体を清潔に保つ場所だけでなく、
社交場としての役割も
果たしていました。

江戸初期には
男女混浴が一般的でしたが、
江戸後期には
道徳的な考えから混浴が規制され、
男女別の浴場へと変わっていきます。

知らない者同士が
裸でお湯に浸かるという
独特の銭湯文化はこの頃に確立され、
現代にも引き継がれています。

ちなみに、武士にとって刀は
片時もその身から放さない
大切なものでしたが、
“風呂には刀を持ち込まない”
という暗黙のルールがあり、
武士といえども風呂に入る時だけは、
番台に刀を預けたとのことです。

戦後の復興期には、住宅事情も悪く、
多くの人々にとって銭湯は
生活に欠かせない施設でした。

しかし、1970年代に入ると
住宅に浴室が備えられるようになり、
トイレと風呂が一体化した
ユニットバスの登場により、
銭湯の需要は一気に減少。

最盛期には
約25,000軒もあった銭湯は、
現在2,000軒ほどに減少しています。

一方で、最近では
訪日外国人観光客の間で
銭湯が再び注目を集めています。

日本観光の定番ともいえる
人気の東京や京都、大阪の混雑を
避ける観光スポットとして
密かに注目され始めたのが
全国各地の温泉です。

昔は、
知らない人と裸で入るお風呂に
抵抗のあった外国人も、
日本文化に好意を持ち、
そのひとつの温泉に挑戦。

湯船に浸かるリラックス効果や
露天風呂の開放感など、
その癒し体験の虜に
なっていきました。

その感動をSNSを通じて
発信し始めたことから
日本の温泉が話題になり、
その影響で、都会で
温泉のような感動体験ができる銭湯に
注目が集まり始めているようです。

また、
SNSに敏感な日本の若者の間でも
銭湯通いが新たなトレンドとして
加わりました。

サウナブームに続いて、
銭湯でのリラックス体験が注目され、
銭湯文化が新たな世代にも
受け継がれようとしています。

長い歴史を持つ銭湯文化は、
現代にもその価値を保ち続け、
未来へと継承されていくことに
なりそうです。